「あなたの心に…」
Act.20 馬鹿シンジ
マナと喧嘩したあと、私はブルーだったの。
ずっと部屋でベッドにうつ伏せになっていたわ。
今晩は、ママとアイツがご馳走を作るって言ってたけど…、
何かそんな気分じゃない。
ふぅ…憂鬱。
でも、こんなことしてたらいけないよね。
うん。気分、切りかえよっか。
せっかくのイヴに私の機嫌が悪かったら、みんなに悪いもの。
私はのろのろと、ベッドから起き上がったわ。
ベッドサイドに飾ってる、アイツからもらったオルゴール。
私はオルゴールを手にして、ハンドルを回したの。
奏でられる、私の大好きなメロディー。
♪Fly me to the moon, And let me …♪
駄目…。何か、歌う気分じゃない。
メロディーも何故かもの悲しく聞こえるわ。
私は、ぼぅっと天使像を眺めていた。
アイツからの誕生日プレゼント。
嬉しかったな…。
そうよね、あのお返しでもあるんじゃない。
レイとのラブラブ学生生活をプレゼントしようと考えたのは。
うん、マナと喧嘩したからって、めげちゃいけないわよね。
アイツとレイがうまくいきさえすれば、マナだって私を許してくれるよ。
そうに決まってる。
だから、頑張らないとね。ファイト!アスカ!
私は立ち上がって、拳を天井に突き上げたわ。
よし!立ち直ったわよ!
いい意味で単純なんだから、私は!
夕方。5時ごろになって、私はアイツと駅前まで歩いていったの。
私がクリスマスケーキをとりに行く担当だったんだけど、
アイツが買い足したい食材があるからってついて来たのよね。
こんなとこ、またレイに見られたら、誤解されちゃうのよ。
でも一緒に行っていいかって言われたら、断れないし。
まあ、いいわ。友達なんだから、別に疚しいことないんだもん。
先に駅前のスーパーに寄って、それからケーキ屋さん。
ケーキを買うところはいつもと同じところ。
私の誕生パーティーのときもそこのケーキだったの。
この街で一番評判のいいケーキ屋さんだから、
クリスマスケーキも予約限定生産なのよね。
味にうるさいアイツも、ここのケーキには文句はつけない。
どうしてもこのクリームの味ができないって、ママと話してたっけ。
ママとアイツって、いい感じよね。
私も家事はできるようになってきたけど、アイツみたいに趣味の領域まではいかない。
いく気もないけどね。
でも、ママとアイツは家事、とくに料理で趣味が一致してるのよ。
二人でよくああだこうだとキッチンで遣り合ってるわ。
そんな光景を見てるのが、私は好き。
アイツも…ママが生きていたら、こんな風にしていたんだろうな…。
アイツが自然によく笑うようになってきたのは、ママのおかげ。
ありがと…、ママ。
今日は少し小ぶりのケーキなの。
だって洞木姉妹がいるわけじゃないから、食べるのは3人だけ。
マナも食べられたらいいのに…。
それはケーキを受け取って、帰り道のことだったわ。
児童公園の中で、ひとりぼっちで泣いている女の子を見かけたの。
小学校の高学年くらいの、ホントなら活発そうな子。
でも、今は蹲ってしゃくりあげている。
放っておけないから、アイツと二人でなだめながら理由を聞くと、
ケーキの箱を落としたからだったの。
なるほど、女の子の横のパンダ像にケーキの箱が置いてある。
近道しようと公園の中を通っていたら、
突然走ってきた自転車にびっくりして箱ごとこけてしまったのよ。
ケーキは私たちと同じ箱だったわ。
お金を持ってないから買い直すわけにいかないし、
家で待ってる弟たちに顔が合わされないから、ずっとここで泣いてたらしい。
そうね、実際お金を出してあげても、個数限定だから買い直せないよね。
アイツは女の子をあの優しい微笑でなだめながら、
私の手からケーキの箱を取り上げたの。
「ね、お兄ちゃんのケーキと交換しよ。同じケーキ屋さんのだから、大丈夫だよ」
うわ!自己犠牲!でも私でも…そうしてたかも。
「え!いいの?でも、メチャクチャなんだよ、これ。ほら」
女の子が箱の蓋を少し開いたら、言葉通り中身は滅茶苦茶になっていたわ。
これは食べられないわね…。仕方がないわ。今年はケーキなしね。
「大丈夫。お兄ちゃんたちは凄いんだから、こんなの簡単に直しちゃうよ」
「え、本当?」
「うん。でもここではできないから。だから交換。ね?」
「そうよ。それに早く帰らないと、家の人が心配しちゃうぞ。弟が待ってるんでしょ」
私もフォローの弾を撃ったわ。
女の子は明るく笑って、私たちのケーキを持って家路についたの。
もう転んだりしたら駄目よ。
手を振って女の子を見送った、私とアイツは顔を見合した。
アイツはにっこり私に笑いかけたの。
その時…、何か胸の辺りが凄く暖かくなったわ。
そうよね、人に親切にしたら、気持いいのよ。
「さ、早く帰って、ケーキを何とかしようか」
「え?本当にするの?私、あの子に言い聞かせるために言ったんだと」
「大丈夫。僕と惣流さんのお母さんがいれば、再生できるよ」
「へぇ…って、私は戦力には入ってないのね!」
「あ、ごめん。じゃ、惣流さんはクリームとフルーツを取り分ける役目。それでいい?」
「了解!」
私はおどけて敬礼をしたわ。
アイツは顔を赤らめ、首筋を掻いて、ボソリと言ったの。
「何故かな…今の惣流さん、とても懐かしく感じた」
「へ?懐かしいって、私ここに来たの2ヶ月前だよ…」
あ!マナのこと?聞けない…わね、これは。
「うん、幼馴染で凄く元気な女の子がいたんだ」
やっぱり、マナのこと。アイツの口から、マナの事を聞くのは初めてよ。
「その子も、やっぱり惣流さんと同じことを言っただろうなって」
「……」
「その子、もういないんだ。死んじゃって…」
やっぱりアイツの心の中には、しっかりマナが根付いてるのね。
「あ、ごめん。こんなこと言っちゃって」
「ううん…。さ、早く帰ろ!そのアンタの腕を見たいから!」
「うん!あ、惣流さん、それ以上崩さないでね。振り回しそうだから」
うぅ〜、アイツ、私にタメ口を聞いたな。許さない!
「行くわよ!馬鹿シンジ!」
「え…」
「あ…」
私は口を押さえた。
マナの口癖が出ちゃった。
興奮したら出てくる口癖。
馬鹿シンジ。馬鹿シンジ!
私、このフレーズ、大好きだった。
マナが『馬鹿シンジ』って言うとき、アイツへの思いに溢れていたから。
「ご、ごめんなさい。馬鹿なんて」
「い、いや、いいよ。僕、嬉しかったから…」
「え」
「その女の子によく言われてたんだ。馬鹿シンジって。
その時は言われる度に怒ってたけど…。
今、惣流さんに言われたら、凄く嬉しかった」
「そ、それは嬉しいんじゃなくて、懐かしい、の間違いよ!」
「そうかな?」
「そうよ。私にそんなことを言う権利ないもの」
そうなの、その権利はマナだけなの。
「権利?それは関係ないと思うよ。だって、僕馬鹿だから」
「あぁ〜、もうやめよ。もう言わないから、ね、早く帰ろ。ケーキ作り直すんでしょ」
「あ、そうだった」
もう!だからアンタは馬鹿シンジなのよ!
言葉にはできないから、私は心の中で叫んだわ。
だって、アイツにあまりマナのことを思い出させたら、
レイとの計画がうまく進まないかもしれないもの。
「行くわよ!」
私はケーキの箱をしっかりと持って、マンションへ走りだした。
「待ってよ」
後ろからアイツがついてくる。
馬鹿シンジが。
いいな、馬鹿シンジか…。
ホントにアイツを馬鹿なんて思ってない。
馬鹿って、辞書に載ってる意味の馬鹿じゃない。
"fool"じゃないの。
"dear"なのよね。これって。
でも"dear"、親愛なる、大好きな、なんて使えないもの。恥ずかしくて。
その照れ隠しで、『馬鹿』なのよね、マナ。
そうだ、これっていいかも。
馬鹿シンジって言えば、周りの人は言葉通りに取るもんね。
レイをくっつけようと思ったら、
周りに私がアイツと仲良くしてるって思われないほうがいいから。
うん、これはいいアイディアだわ。
馬鹿シンジ、馬鹿シンジ、馬鹿シンジ…。
マナにお願いして、使用許可もらわなきゃ。
だから、マナ出てきてよね。
このまま消えないでね。お願い。
マンションの明かりが見えた。
私はさらにスピードを上げたわ。
だって、何だか嬉しいんだもの。
さ、ついて来てる?
馬鹿シンジ!
Act.20 馬鹿シンジ ―終―
<あとがき>
こんにちは、ジュンです。
第20話です。『最高のクリスマスプレゼント』編の中編になります。
やっとアスカの口から『馬鹿シンジ』が出てきます。
ケーキの女の子はもっと出番が多かったんですけど、
冗漫だったので大幅に出番をカットしちゃいました。